


――小澤さんはサッカーを始めた頃からGKだったのですか?
小学5年生から始めましたが、最初は足が速かったのでウインガーでプレーしていました。ただ、サッカー漫画『キャプテン翼』を夢中で読んでいた時代とあり、作中の天才GK若林源三にあこがれて遊びのサッカーでは率先してGKをやっていました。中学では顧問の先生にGKを志願したのですが、フィールドとの掛け持ちとなり、高校(水戸短大付=現・水戸啓明)で初めてGK専門になりました。とにかく若林源三のプレーする姿やせりふが刺激的で、すべてに影響を受けてGKをやりたくなったんです。
――進化するサッカー界だけに、単純に比較するのは無理もありますが、小澤さんが中学、高校生だった40年近く前と現在のGKとの決定的な違いとは?
これは指導者になって感じることですが、今の選手は平均値がとても高いですね。キャッチングやステッピング、ダイビングもうまく、すべてにおいて整っています。キックやスローイングのパワーなど見た目の個性はありますが、性格面やプレースタイルは昔のGKのほうが個性豊かだったと感じます。昔の指導者はまず気合から入りましたからね(笑)

――高校ではGKの専門コーチに指導されたのですか?
2年生の時にGK経験者の先生が赴任されて教わりましたが、技術的なことではなく勝負どころの見極めをはじめ、「出るのか、出ないのか」「戦うのか、戦わないのか」といった判断についての指導はかなり受けました。
――高校ではいつからレギュラーになったのでしょう?
1年生の全国高校選手権予選から出ています。
――プロ時代の身長は188センチですが、伸び始めたのはいつ頃からだったのですか?
中学の3年間で30センチ伸び、180センチ以上になりました。

――GKにとって長身であることは絶対的な条件とお考えですか?
100パーセントではないと思います。サッカーのルールがどんどん変わってきているのが理由です。長身で能力の高いGKがルール変更により、精神的な不安を抱え、パフォーマンスを落としていった例もあります。
――高校時代に受けた指導の中で、その後の血となり肉となったものはどんなことですか?
勝負どころの見極めや味方への声掛けは相当たたき込まれましたね。技術的な指導より「お前が出るのか、出ないのか」とか「誰にやらせるんだ」といったように、9割はゲームコントロールについてでした。
――なるほど、その年代にとっては随分と大事なことを吸収したのですね。
そうですね。指導する立場になってからはその重要性をなおさら感じるようになりました。GKのコーチングというのは、近代サッカーではチームの大切な戦術のひとつですからね。
――中学時代にGKコーチはいたのでしょうか?
いませんでした。練習メニューはふたりの先輩が受け継いできたものをそのまま継承しました。声の出し方や構え方、蹴り方など昔っぽいのですが、伝統みたいな感じです。「こういうふうに構えるんだ」「この瞬間に力を入れろ」とアドバイスしてくれましたが、ふたりの意見が全然違っていました(笑)
――2012年をもって現役を引退すると、翌年から指導者に転向されました。
当時、GKの育成について指導者の方々を対象に講義させていただいた折、「うちで指導してくれませんか」と複数の監督さんから依頼を受け、千葉県印旛郡市地区の公立中学2校で、地域の外部講師として部活動のお手伝いをしたのが始まりです。この年はほかにも、少年サッカーやサッカー教室、女子サッカー、フットサル、障がい者サッカーにも参画させていただきました。動機はサッカーの原点を見つめ直したかったからです。翌14年に外部講師を務める傍ら、GKアカデミーのアルケーロスを立ち上げました。
――1年目から随分と多くのことに取り組んだのですね。
指導の経験というものがないので、教えるとはどういうことなのか、プロでなくなった今、これからどう生きていけばいいのかを考えた時、指導の生の現場を見ることが絶対に必要と感じたし、いろいろなことを経験したかったのです。

――14年には成田市立の公立中学で外部講師を務めています。小澤さんは中学生を専門にしてきたのですか?
GKアカデミーは小学生クラスからスタートしましたが、中学校に進級してからも通いたいという希望があったので、そのタイミングに中学生クラスを開設しました。 当初は、GK専門のスクールが殆ど無かったので、中学生がGKに特化したレッスンを受けに来るという考えは浸透しづらかったのかもしれません。 うちのアカデミーは他とは練習内容が違い、全身運動をしてどの競技にもトレーニング成果を生かせるという形態を取りました。受講生はハンドボール、レスリング、野球、サッカーでもフィールド選手でGKは1割ほどでした。そんな異種競技の選手が一緒に練習しながら、スキルアップしていったのです。今も日々、進化はさせていますが、軸となる練習メニューは以前とそう大きな違いはありません。
(文:河野 正)